ご存知の様に「栞と紙魚子」シリーズに登場する地名は、吉祥寺から久我山近辺に実在する地名の文字を、身体の部位を表す文字に置き換えたものだ。
町名や駅名としては
胃の頭 = 井の頭 首山 = 久我山 鬱状寺 = 吉祥寺 身肩台 = 三鷹台
河川や道の名前も同様で
肝田川 = 神田川 股川上水 = 玉川上水 人身街道 = 人見街道
あまり出てこない市区町村名はこんな感じ。おそらく三鷹市は「身肩市」だろう。
腸腑市 = 調布市 昔野市 = 武蔵野市
では、時々出てくる地名「耳鳴町」はどこだろうか。「青い馬」巻末掲載の地図では「胃の頭」の南、人身街道を超えたあたりが「耳鳴町」とされている。(画像は「栞と紙魚子と青い馬」巻末より/新装版にはこの地図は収録されていない)
実際の「井の頭」の南側、人見街道の辺りの地名は「牟礼」である事から「耳鳴 = 牟礼」という説もあるが、子音のMとRが共通しているとはいえ、他の地名に比べて語感が遠すぎて違和感がないだろうか。
そこで耳鳴町がどんな所なのか、作中を振り返ってみよう。
「胃の頭町じゃ なさそうよ」「じゃあどこよ 耳鳴町や首山にも こんなとこないわ」([1998-09]ペットの散歩)
耳鳴町は胃の頭町や首山と隣接している地域と考えて良さそうだ。
「買い物のあと すぐ帰ればよかったのに あんたが耳鳴町の店まで 行こうっていうから」([1997-05]足跡追って)
耳鳴町には店、しかも高校生がわざわざ遠回りして寄る様な店がある地域の様だ。これは「牟礼」がモデルとは言えなさそうだ。現実の「牟礼」は畑の即売所に見られる様な、住宅地と畑がまだらに広がる地域である。
「耳鳴町の工場で ガスタンクが なくなったといって」([1997-01]おじいちゃんと遊ぼう)
耳鳴町にはガスタンクが使われる様な工場まであるらしい。
このあたりから推測すると「耳鳴 = 杉並」と考えられないだろうか。「町」ではなく「区」と地域が大きくなってしまうが、首山エリアを除いた(久我山は杉並区の町域である)「杉並区全体」くらいの、広いエリアをぼんやりと代表する地名として「耳鳴町」があるという解釈だ。すると、作中で「耳鳴町」が直接的には描かれず、ショッピングの寄り先から工場のある場所まで、様々な「隣町くらいの距離感にある施設」を大らかに受け入れる地名として機能している事としっくり来るのではないだろうか。
(とはいえ確実な根拠はないので、他に「耳鳴」っぽい地域を見つけた方は教えて下さい。)
諸星大二郎「栞と紙魚子」からの引用は 作品リスト 参照。